「大日本主義」を志向し始めた日本はこれからどんな運命が待ち受けているだろうか?
最近日本では映画「亡国のイージス」、村上龍の《半島を出よ!》(幻冬舎、2005)という本が話題だ。映画「亡国のイージス」は福井晴敏の同名小説を映画化したもので大筋は次のような内容だ。
「東京湾で訓練中だった最新鋭イージス艦『いそかぜ』を宮津副艦長と北韓の対日工作員ファンヨンファが奪取する。
彼は艦長を殺害して乗組員を強制的に下船させた後日本政府を脅迫する。10時間以内に回答しなければ結局奪取したアメリカ軍の高性能爆弾『GUSOH(通称ネスト;訳者注)』で東京を攻撃すると。
結局選任伍長仙石らが鎮圧に成功した。」
村上の小説《半島を出よ!》は日本が2010年、総体的に荒廃していくという仮定で、北韓軍が九州を占領するという過程を描いている。
「日本が政治、経済、社会的に荒廃して失職した自衛隊員たちが群れを成して彷徨い歩いている。
日米同盟も紙切れ同然になった。
中国とインドの犯罪組織が暴れて国内の治安状態が極度に悪化した。
その隙を利用して北韓の特殊部隊はプロ野球開幕戦が開かれた福岡ドームを襲撃した。
しかし、無能力な政治家たちはこのような事態に積極的に対処できず、北韓軍主力が九州に侵攻して占領した。」
福井や村上の未来空想小説は北韓工作員の浸透を前提としているという共通点がある。
しかし、今後北韓の危険よりは中国の危険が日本にもっと壊滅的な打撃を与えるだろうと予測すれば、中国の危険を前提とした未来空想小説がもっと説得力が大きいだろう。
正にそれが1990年代に水木楊が書いた《2025年日本の死》(文芸春秋 1994)だ。
水木楊によれば日本は順番に黄金時代(1985~1995年)、摩擦の時代(1995~2005年)、衝撃の時代(2005~2015年)を迎えてきた。
日本が衝撃の時代に入れば、アメリカでは新モンロー主義が登場して日米安保条約が解消される(2007年)。
領土問題、酸性雨問題で中国に対する経済援助を中断すると中国は報復処置として国交を断絶した(2012年)。
実際に日本政府は中国に対する新規公的開発資金(ODA;政府開発援助;訳者注)援助を北京オリンピックが開かれる2008年夏ごろから中断する方針だ。
このような混乱の隙に乗じて45歳になった松岡という防衛庁長官がクーデターを起こして憲法を停止させ、国会解散と国民総動員体制を発動した。(2013,10)
それ以後は崩壊の時代だ(2015~2025年)。
松岡は核拡散防止条約(NPT)から脱退を宣言して核兵器開発を宣言した(2015年春)。
次の年中国が日本の核開発基地をとらえてミサイル攻撃を強行する。
これによって松岡政権が崩壊し日本は中国の圧力に屈服する(2016,9)。
また第2次関東大震災が起こり60万名に上る死傷者が発生して国民総生産の5割に達する財産被害を被った。
こんな混乱の中に沖縄が独立を宣言し日本は8ブロックに解体されたが再び22の共和国に分裂し、明治以前の日本に戻った。
水木楊の未来小説は中国との正面衝突を仮想し2025年頃日本の崩壊を予想しているが、日本の核武装時点がアメリカの国家情報会議が作成した「2020年国際情勢報告書」と時期がほとんど一致している点で注目するに値する。
もう一つ、水木楊の未来小説は2013年10月ごろ日本でクーデターが起こったと予測していて注目される。
実際に現代日本でクーデターが起こりえるだろうか?
日本で初めて宮廷クーデターが発生したのは6世紀末だ。
《日本書紀》によれば、崇峻(32代、在位期間587~592)天皇は当時の権勢家蘇我馬子の命を受けた渡来人氏族東漢駒(やまとのあやのこま)によって暗殺された(592年、11月3日)。
その後皇位継承問題を巡って14世紀中葉に起こった南北朝動乱は60余年間ほど続いた。
動乱で勝利した北朝が南朝を吸収して現在に至っているが、長男系である北朝の子孫たちは大阪で平民として生きてきている反面、次男系である北朝の子孫たちは今東京の皇居を居所としている。
それでも現在の日本の皇室が南朝を正統だと主張するのは知り尽くしても分からないことだ。
武士政権が台頭した中世以後は下克上が頻繁な時代だ。
室町幕府の8代将軍足利義政(1436~1490)の悪政と夫人の政治介入で「応仁の乱」(1467~1477)が起こり、家門と血統が支配した時代が終わり、実力即ち武力が支配する時代が到来した。
下克上風潮は、引き続いて到来した戦国時代にも蔓延し、天下統一を掲げた織田信長(1534~1582)が家臣明智光秀(~1582)の襲撃を受けて自決した事件が起こった(《本能寺の変》)。
薩摩と長州の下級武士たちが藩主の命に逆らって王政復古を目指したことも下克上と言えば下克上だ。
彼らが徳川幕府政権を倒して明治政府を樹立したことも一種のクーデターだ。
戦前の日本は軍部が起こした3月事件と10月事件(1931年陸軍幹部将校たちが右翼と結託して起こしたクーデター未遂事件)、5.15事件(1932年陸軍青年将校たちがクーデターを起こして犬養総理を射殺)、2.26事件(1936年陸軍皇道派青年将校たちがクーデターを起こし総理官邸を襲撃)が相次いで起こって軍国化の道に突っ走った。
また、ヒロヒト天皇がポツダム宣言(1945,7,26)を受諾して無条件降伏しようとすると、これに気づいた陸軍省軍務局少将派将校たちがクーデターを起こし近衛師団師団長を射殺し天皇の玉音放送テープを奪取しようとしたが失敗した事件もあった。
日本の経済白書に「今はもはや戦後ではない。」という標語が登場し、しばらくたった1961年12月、時ならぬクーデター陰謀が発覚し日本列島が振動した。
検察の発表によれば、「無戦争、無税金、無失業」と言ういわゆる「三無主義」を標榜した川南工業の川南(豊作)社長を主導者とした一グループが共産主義台頭を阻止するために12月9日に召集される国会を襲撃し、議員と閣僚を監禁、殺害した後非常事態を宣言しようとしたが一斉に逮捕された。
川南グループは5.15事件の首謀者だった三上(三上卓)前海軍中尉とその陸士59期、60期の会である國史会メンバーを主軸としていた。
彼らは大事に先立ち自衛隊の参加を得るため防衛庁と自衛隊基地を巡回したが謀議が発覚した。
結局首謀者8名が逮捕され、川南には懲役2年の刑が下され、残りの7名も有罪判決を受けた。
それから7年が過ぎた1970年11月25日極右作家三島由紀夫が東部方面総監部に乱入して自衛隊員たちの決起を促したのち割腹自殺した事件が起こった。
三島は自衛隊員たちが呼応しないので自分に従ってきた「楯の会」メンバーに介錯(割腹する人の首を断ち切ること)を頼んで45年の生涯を終えた。
「1999年日本クーデター計画試案」が《文芸春秋》1998年11月号に公開されると大きな反響を呼び起こしたこともあった。
この文の筆者である評論家福田和也はクーデターを実施すべき状況として次の5項目を挙げた。
- 景気悪化と財政逼迫で日本破産
- アメリカ発世界恐慌
- 中国の経済破綻と軍事的爆発
- 韓半島有事時
- 中東有事時
日本は現在軍刑法とか軍法会議というものがない。随って自衛隊将校たちが思うがまま部隊を動かしてクーデターを起こしても自衛隊法に根拠のある懲役7年と免職程度の懲罰が下されるにすぎない。
代わりに日本は戦前の教訓を生かして、制服組武官より文官を優先する文民統制原則を堅持している。
憲法を改正する場合、第9条に文民統制原則を明記する方針だ。しかし今後、指摘したように日本の歴史はクーデターの歴史だと言っても過言ではない。随って、「武人統治」が伝統の日本で「文人統治」が永遠に持続すると言う保証はどこにもない。
クーデターも核武装のようにその時期が問題であるだけだ。
福田の「日本クーデター計画試案」によれば軍事政権が最初に実践すべき項目は国軍創設と核武装だ。
そうなれば周辺国との再衝突も時間の問題だろう。
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